Mar 23, 2011
永久脱毛するのですが
永久脱毛すると、一生毛が来ないかというとそうではない。ある程度の時期が過ぎると、また私来る。今は永久脱毛には言わないのではないか考えてしまうのは私だけか?それでも永久脱毛と謳っていることが多い。詐欺のような感じがしてしまうのは俺だけか?半永久脱毛といえばいいと思う。2年前から脇の下のレーザー脱毛を開始しました。初めてレーザー脱毛だったので痛いのが苦手な私は、レーザーで焼く脱毛だとどのくらい痛いものだと内心ハラハラしながら施術に臨みました。やってみると多少チクトハヌンだけでした。スタッフ曰く、髪が少なくなればなるだけ、痛みがなくなるゴイトオ確かに回数を重ねるたびに痛いとは思わない。今ではほとんど脇の毛を心配する必要がない程度に薄めた満足しています。
山形県は夏場の電力不足に備え、企業や家庭に15%の節電を呼び掛けて効果を検証する「社会実験」を25、31の両日、県内全域で行う。
◎企業と家庭対象/操業短縮や家電制限呼び掛け
対象は病院と福祉施設を除く企業や家庭。企業には操業時間の変更や短縮、家庭には冷蔵庫の冷却設定を弱めたり、洗濯物の乾燥機使用やトイレのヒーター・温水洗浄を控えたりといった節電方法などを広報し、自主的な取り組みを求める。
実施時間は25日が家庭の夕食準備などで消費電力量が増える午後5〜7時、31日は気温が上昇しやすい午後1〜3時。実施翌日に東北電力から県内消費量のデータ提供を受け、前年同期比15%という削減目標に対する達成度を評価、検証する。
県庁では25日を定時退庁日とし、各職場の消費電力を減らすほか、エレベーターの使用も制限。31日は高架水槽に上水道を常時補給しているポンプを止め、夜間電力の使用に振り替える。
東北電によると、太平洋側の火力発電所の被災などで、現時点で予想される8月の管内電力需要量1300万〜1380万キロワットに対し、供給力は1230万キロワットにとどまると予想されている。
山形県内の電力需要は5月が約110万キロワット、8月は約160万キロワット程度。県は節電の呼び掛けに加え、企業局が運営する13の水力発電所(最大出力8万7600キロワット)で8月末から予定していた工事や保守作業を1カ月程度先送りし、残暑の時期の送電に備える。
節電の運動方針には、自家発電や再生可能エネルギーの利用促進も明記された。吉村美栄子知事は10日の定例記者会見で「原発は本県になく、受け入れる気もないが、山形に適した自然エネルギーの活用を検討したい」と述べた。
福島第1原発事故による風評被害をはねのけようと、福島県は観光や物産を首都圏にPRする「がんばろう ふくしま!」運動をスタートさせ、14日、東京・池袋のJR池袋駅近くのホテル前でイベントを開いた。
事故発生以降、地元対応を優先させてきた佐藤雄平知事が初めてトップセールスを行い、「県全体で放射線量が高いと思われているが、違う。どうか福島県の食品を購入し、応援団になってほしい」と呼び掛けた。
その後、福島市出身の女優白羽ゆりさんら県関係者20人が並び、通行人300人に県産のキュウリなどを配った。日本酒や菓子など県産品約30品目の販売会も行われた。
佐藤知事はイベントに先立ち、首相官邸に菅直人首相を訪問。事故を一刻も早く収束させ、国が責任を持って補償に当たるよう要請した。
東日本大震災で大きな被害を受けたカツオマグロ漁業基地・気仙沼を勇気づけようと、全国の若手船主でつくる全国鰹鮪近代化促進協議会が14日、同市の商店街で、カツオたたき丼とマグロの漬け丼計約2000食を市民に無料で振る舞った。
静岡県清水港に水揚げされたカツオとミナミマグロ各75キロと宮城県産ひとめぼれ400キロを使って用意した。主婦藤田シヅ子さん(60)は「気仙沼は魚のまち。早く水揚げが復活し、活気ある気仙沼に戻ってほしい」と話した。
協議会会長で勝倉漁業(気仙沼市)の勝倉宏明社長は「カツオ船、マグロ船は気仙沼の人たちの支えがあったから続けられた。復興の手助けをしていきたい」と語った。協議会は16日も宮城県女川町の避難所で計1600食を振る舞う予定。
東日本大震災の発生直後、宮城県多賀城市桜木の会社員古関弘道さん(42)の一家が、津波に追われた被災者約30人を自宅に避難させた。停電が続く中で、衣服や茶なども提供。古関さん一家の献身的な行為に、救助された人から感謝の言葉が寄せられている。
◎「放っておけなかった」/寒さの中、衣類など提供
県道仙台塩釜線(産業道路)沿いにある古関さんの家は、3月11日の津波で1階部分が浸水。外に出られず、7人の家族全員で自宅2階にとどまることにした。
津波が来た後、産業道路沿いには、流された車両の屋根や樹木などに上って救助を待つ人たちがいた。外は雪が降って寒かったため、古関さんらが縄ばしごで次々と2階のバルコニーに引き上げた。
助けられたのは近隣だけでなく、産業道路をたまたま通っていた石巻市、宮城県七ケ浜町の住民らさまざま。泥まみれの人も多く、妻で看護師の順子さん(46)が自宅にあった服に着替えさせた。
バルコニーでは、避難した人の体を冷やさないため、バーベキュー用のコンロで湯を沸かしてお茶を提供した。燃料は日曜大工用の材木。のこぎりで切りながら火にくべた。家にあった菓子や果物を出し、野外活動で使える簡易トイレも貸した。
隣に住む鈴木すずよさん(54)は「自宅が平屋だったため、家族3人で古関さん方に逃げ込んだ。みんなで体を寄せ合い、体を温めたので助かった」と感謝している。
一夜を明かした約30人は津波の翌日、道路が歩ける程度までに水が引いた昼ごろまでに市内の避難所やそれぞれの自宅に向かった。
弘道さんは「車の屋根から水に落ちる人もおり、放っておけなくなった」と振り返る。順子さんも「救助した人の中には低体温症だった人もいたが、全員助かって良かった」と話している。(加藤伸一)
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